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近隣のご紹介


                                               
                                            

小笠原伯爵邸

建物は、小笠原伯爵邸として昭和2年に建設されました。
外観はスパニッシュスタイルで構成されスペイン瓦や特製タイルにより装飾されています。建築史的にも貴重な建物ですが、所有者である東京都の財政難等の理由から長らく修復されることなく時を刻んでいました。
平成12年「民間経営資源による歴史的建造物の修復・活用の新たな試み」として、修復を条件に民間事
業者に貸し付ける事業手法により修復され、現在は「小笠原伯爵邸」という名でレ ストランとして営業しています。

 

 

                 

 

 

 

 

穴八幡宮

寛永13年(1636年)に松平左衛門尉直次という武士が
射術の練習のためにここに的山を築き、弓矢の守護神で
ある八幡神の小さなほこらを営んだことに 始まります。
                   のち、社僧良昌が草庵を建てようとして、ほら穴を発見。                   そこに金銅の阿弥陀如 来像が建っていたといいます。                   当時、阿弥陀如来像は八幡神の本地仏とされて人々の                   崇敬を集めていたことから「穴八幡」とよばれるように                   りました。
もと牛込36町の総鎮守で、徳川将軍家の祈願所として                   も隆盛した神社です。現在では、冬至から節分までの間                   に受けることのできる「一陽来復」とかかれた金銀 融通                   のお札を受けることのできるところとして賑わいます。                             
                                                                

 

         

 

 

 

 

 

箱根山

箱根山は、都立戸山公園内にある標高44.6メートル
の築山です。
このあたりは、尾張徳川家の下屋敷があり戸山荘と言
われていました。この下屋敷に池泉回遊式庭園を造り、池を掘った残土で造りあげたのが玉円峰と呼ばれる築山です。

この庭園が東海道五十三次を模して造られていたので、この築山を箱根山と呼んだそうです。またこの辺りは、明治から第二次大戦が終結するまで、旧陸軍の施設が存在していました。
現在は、明治通りを隔てた大久保地区と2地区に分かれる都立戸山公園の箱根山地区として、新宿区内の桜の名所にもなっています。                         

                           


 

         

 

 

 

 

夏目坂

地下鉄東西線早稲田駅から南東へ上る坂を「夏目坂」
といいます。
このあたりの地主であった夏目漱石の父が名付けたも

ので、自分の姓で呼んでいたのが広まり、やがて地図

にものるようになりました。
また、漱石がこの地で生まれたことにより、一層この坂
の名は有名になりました。
漱石は、慶応三年(1867年)に現在の喜久井町1番地
で生まれました。現在そ の場所には、「夏目漱石誕生
之地」と刻まれた御影石の記念碑が建っています。

                                                           
 

 

 

 

          

 

 

 

東京女子医科大学

治33年吉岡彌生先生により創立された東京女医学校が
前身。当時の婦人の社会的地位を向上させることが創立の
動機であるとのことです。すなわち、婦人の地位を向上する
ためには婦人に経済的な能力を与えなければならないと考
                  えられ、ご自分が医師であることと医学医術は婦人に適した                  職業としてこれを専門に教育する機関を創立されました。                  吉岡先生の根底にあったのは、医学ではなく婦人であると
語られています。
現在では東京女子医科大学が、本邦唯一の女子医科大学
とのことです。             
                                     


          

 

 

 

 

 

 

国立国際医療センター

昭和4年に陸軍東京衛戍病院として創設され、昭和13年に
臨時東京第一陸軍病院となり、終戦の年昭和20年12月に
国立東京第一病院として発足し、昭和49年4月に国立病院

医療センターと改称。平成5年10月1日国立療養所中野病
院を統合して国立国際医療センターとして開設されました。
                  「年齢、性別、国籍を問わず、高度な医療の確立と患者さま                  の権利と立場を尊 重した医療をめざす」ことを病院の理念と                  しています。